「海外進出時の人的課題」

第67回2010/08/09

「海外進出時の人的課題」


「海外進出時の人的課題」

ここ数年、海外へ進出する中小企業の数は増加の一途を辿っています。海外進出する目的は様々で、新しい市場を求めて製品・サービスのシェアを拡大するために進出する企業があれば、コスト削減のために進出する企業もあります。また、経営・製造ノウハウを獲得するために進出する企業もあるといいます。それぞれの中小企業が、各々の目的を果たすのにふさわしい国を選び、積極的な海外展開を見せています。

 

しかし、海外進出を成功させるには、様々な問題や課題を解決しなければなりません。中小企業庁の調査によりますと、中小企業の海外拠点における経営上問題の1位は「現地マネージャー層の不足」、2位が「現地労働者の賃金コストが上昇」、3位が「品質管理が困難」という結果が出ています。海外に進出した中小企業には、このような人的課題を抱える企業が特に多いそうです。今回のコラムでは、日系の中小企業が海外に進出する際に抱える人的課題について具体的な例を取り挙げ、それに対する企業の取り組みについて紹介したいと思います。

 

現地大量採用に関して
最初に、海外現地での大量採用に関する問題について取り上げたいと思います。近年、従業員の賃金コストを抑えるために海外に進出する中小企業が増えていますが、その多くが東南アジアを中心としたアジア諸国へ進出しています。同じ地域に、同じ目的で進出した企業が集中するため、現地の人材を大量採用することが困難になったケースが多発しています。例えば、ベトナムに進出した企業をみてみると、進出企業数が少なかった2000年代初頭は、人材を募集すれば履歴書が山のように集まったそうですが、現在は競争が非常に激しく、各社とも人集めに大変苦労しているそうです。

 

ベトナムに進出した企業は、この問題を解決するために、ある工夫をし始めました。工場敷地内に従業員用宿舎を建てるようにしたそうです。工業団地の隣接地に従業員用宿舎を建設する企業も出てきているといいます。このように工場周辺のみならず、遠方からの出稼ぎ労働者を確保するため、住宅や住宅手当の提供を条件に周辺地域以外からも応募を募り、採用を行う企業が増えているそうです。その結果、同じ地域の工場間で従業員の奪い合いをすることが減り、安定的な従業員数を確保できるようになったそうです。

 

ビジネスの中核を担う人材の確保に関して
2つ目は、進出先の事業において中核となる人材を確保することに関しての問題です。言語と文化が異なる環境の中で活躍できるグローバルな人材を確保することは、海外進出をしようとしている企業にとって不可欠であります。大手企業とは異なり、人材育成に対して時間もコストもあまりかけられない中小企業にとって、即戦力となる人材を確保することは急務です。中国、ベトナム、カンボジアへ進出したあるメーカーの社長は、語学と自社事業を理解させる人材が必要ということで、22年間中国に住んでいたことがある日本人を採用し、1年間一緒に中国の工場を見て回って製品についての教育を行ったそうです。その後、その社員は日本本社と委託工場のつなぎ役として活躍しているといいます。このケースは中国の文化を良く知る日本人を採用したことにより、何も知らない日本人を一から教育するよりも早く、即戦力として育てあげた例です。しかし、そもそもこのように現地で長く育った日本人は多くないため、これは極めて稀なケースでしょう。

 

多くの企業は、進出先で外国人社員を即戦力として採用し、自社のビジネスを理解させるトレーニングをしています。米国・ドイツ・韓国の3カ国に現地法人を置き、商品を輸出販売している日系企業では、「海外法人の顔は現地スタッフ」という考えの元、海外現地法人に日本本社からのスタッフを置かないようにしているそうです。国ごとに営業戦略が異なるため、その国の土地柄、文化を良く知る現地の人材を即戦力として採用しています。様々な国籍の社員を採用したことでグループ全体がバラバラになってしまうのを避けるため、海外のスタッフにも経営理念である「ミッションステートメント」を共有し、密接なコミュニケーションを取るよう心掛けているそうです。

 

経営管理・不正防止
海外拠点での事業がうまく展開させられるだけの人数、即戦力となる人材が確保できたからと言って、それだけで海外進出が成功するとは言えません。なぜなら、日本本社から遠い海外拠点においては、管理が行き届かず、不正が行われてしまうケースが多いからです。特に日系企業の新規会社設立が一段落した中国においては、現地における運用面で対応に苦慮する中小企業が増えてきているといいます。中国公安部の発表によりますと、2005年に中国国内で摘発された経済犯罪件数は6万件余り、逮捕された容疑者は5万人以上、回収した資金は実に143億元(約2,073億円)にも上るそうです。従業員の不正に関する例としては、IP電話のセールスマンが、顧客からのバックマージンを個人口座へ着服するという事件がありました。中小企業の中にはリスクコントロールに対する考えが甘く、社内チェック機能が不十分で不正が蔓延し、それが原因で撤退を余儀なくされたケースもあるといいます。大企業であれば、財力、人材等が豊富なので、独自に海外子会社を管理する専門部門を立上げて対応することができますが、中小企業では、どうしてもそこまでできず、管理が行き届かないケースが多々あるそうです。

 

上記のような不正の防止や、内部統制の強化のためには、現地法人のマネジメントを現地の人間に任せたほうが良い場合があります。中国に複数の現地法人や営業所を持つ、ある大手日本企業では、唯一中国人が代表をしていた法人だけが不正を未然に防止することができたという報告もあります。また、中国で成功した欧米系企業の多くが中国人を現地法人の代表に据えているという調査結果もあります。現地の人材が経営に主体的に携わり、労務管理や営業に優れたパフォーマンスを発揮することができれば、その会社は成長する可能性が高いといいます。しかし、現地採用した代表に全てを任せるとき、その代表とは仕事だけでなく、寝食を共にするなどして、信頼関係を構築することが大事です。また許認可の面や、本人のモチベーション向上を考えて、現地の代表に資本の一部を出資させるのも有効であるという意見もあります。

 

撤退する企業について
このように中小企業が海外進出するにあたっては、様々な人的課題が生じます。それに対して企業は、適切な解決方法を探り、その都度対処していく必要があります。中にはその課題を解決することが目的となってしまい、海外へ進出した本来の目的を見失ったまま、海外から撤退せざるを得なくなってしまった企業もあるといいます。中小企業が海外から撤退する理由にはいろいろありますが、市場に関する要因と同時に、やはり人的問題に関連する理由が多いそうです。例えば中小企業が海外から撤退する人的理由として、現地労働者、現地合併相手とのトラブルや、現地の人々の技術力不足、盗難などの犯罪などが挙げられます。

 

撤退するときも、ただ撤退すれば良いというものではありません。その国の法律に反することなく、細かい注意を十分払って対応しなければなりません。
例えば米国を例にあげますと、撤退に伴い従業員の解雇が必要となるとき、米国においては労働関係の紛争が訴訟に発展することが多い為、解雇予告期間としてどの程度が十分なのか、雇用関係の打ち切り補償としていくら支払う必要があるのかなどの検討が必要といいます。100名以上の従業員を解雇する場合には、連邦の特殊法(The Worker Adjustment and Retraining Notification Act)により60日前の通知が必要とされており、この通知には、労働組合や行政機関(市長など)への通知も含まれています。その連邦法とは別に、カリフォルニア州やニューヨーク州などいくつかの州においては、特別な法律により雇用主に一定の通知義務などを付加している例もあるため、注意しなければなりません。特に米国での雇用関係は問題になりやすいので、早めに専門の弁護士などに相談することが必要です。

 

「ひとまず海外へ進出してみて、失敗したら撤退すれば良い」といった甘い考えはビジネスには通用しません。中小企業が海外へ進出するときも、撤退するときも、解決しなければならない問題が生じます。起こりうる問題、課題をあらかじめ想定して、解決方法をシュミレーションしておくことが大切です。「平成15年度海外展開中小企業実態調査」でも、進出時に撤退方法を検討していた企業は、結果として事業が継続できている割合が高くなっているそうです。進出時に撤退時のときのことを考えておくことは、決して後ろ向きな事ではなく、事前の準備として重要なことなのです。

 

まとめ
海外進出する企業には、必ずと言って良いほど人的課題が発生します。その課題の解決方法は様々です。企業にとって一番大切なことは、何のために海外に進出するのか、その目的に立ち返って課題に取り組むことです。そうしないと、表面的な課題解決となってしまって、根本的なところの解決にはなりません。例えば、コスト削減のために進出した企業が、次々と発生する人的課題に膨大な時間とコストをかけていては本末転倒です。必ずしも海外に進出することがビジネスにおける成功ではないので、なぜその国に進出する必要があるのか、何を果たすために進出するのか、目的をはっきりさせるべきです。目的をはっきりさせておけば、海外進出時に必ず伴う人的課題にも最適な答えが出せるはずですし、適切なときに、適切な手段による撤退も考えられるはずです。本来の目的に立ち返って課題を解決できる企業とできない企業で、今後の海外ビジネスにおける明暗が分けられるでしょう。

 

(参考サイト)
・中小企業庁 海外進出時における中小企業の経営上の問題について
http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/h20/h20/html/k2430000.html

・中小企業国際化支援レポート
http://www.smrj.go.jp/keiei/kokurepo/

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