「ディーセント・ワーク」

第70回2010/11/08

「ディーセント・ワーク」


「ディーセント・ワーク」

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みなさんは、「ディーセント・ワーク(decent work)」という言葉をご存じでしょうか。
海外ではヨーロッパを中心に浸透していますが、日本では最近マスコミ報道等で時折顔を出すようになった、まだまだ目新しい言葉です。日本語でのいい訳語が見つからないために、日本ではなかなか浸透しづらい言葉とされています。
しかしながらこの言葉は、グローバル競争の激化や世界的な経済危機のあおりを受け加速化する雇用危機や所得格差の拡大、過酷な労働環境を強いられる人々の増加に歯止めをかけるべく、世界で取り組むために作られたスローガンで、先進国である日本にとっても今後重要になってくる言葉になります。
今回は、この「ディーセント・ワーク」について、ご紹介します。


 

ディーセント・ワーク(Decent Work)とは
「Decent」を辞書で調べてみると、「ちゃんとした」、「まともな」という意味が出てきます。これを「work」とつなげて直訳すると、「ちゃんとした仕事」、「まともな仕事」になり、一般的にはこれをもう少し意訳して、「人間らしいやりがいのある仕事」と、邦訳しているケースが多く見られます。
「人間らしいやりがいのある仕事」とは何かについて、考えてみると、以下のような項目が思い浮かぶかと思います。

 

・安心して一生暮らしていけるための、社会保障や福利厚生、年金制度などが整っている仕事
・女性や高齢者、若年層なども安心して働ける労働環境(勤務時間や休暇制度等)が整った仕事
・それなりの報酬が得られ、子供に教育を受けさせ、育てることができる仕事
・健康や精神面等が著しくおかされることのない仕事(勤務体系や目標設定等)
・働きがい、やりがいを見いだせる仕事
・自らの知識・能力・技能が伸ばせる仕事

 

実際、この言葉を最初に提唱した国際労働期間(ILO)の事務局長フアン・ソマビア氏も、2000年に開催された日本ILO協会50周年記念式典において、「ディーセント・ワーク」を、「世界の人々がいま最も望んでいるものは、基本的人権に次いで、ディーセントな仕事ではないかという結論に達しました。これは子どもに教育を受けさせ、家族を扶養することができ、30年~35年ぐらい働いたら、老後の生活を営めるだけの年金などがもらえるような労働のことです」と、上記と類似した内容で解説しています。

 

では実際この言葉は、いつごろ、どのようなきっかけで生まれた言葉なのでしょうか。
実はこの「ディーセント・ワーク」という言葉は、ここ10年ぐらいで急に使われ始めた非常に新しい言葉です。言葉が出始めた背景には、グローバル競争の加速化が大きな関わりを示しています。グローバル化は各国の経済成長を進める上で非常に重要な要素となり、実際多くの利益と発展をもたらしました。しかしその一方で、激しい経済競争のために働く人の権利の軽視や所得格差の拡大、失業率の増加など、働く人たちにとって深刻な問題を多く残してします。
このような状況を改善すべく、国際労働期間(ILO)は1999年総会のフアン・ソマビア事務局長が就任時に、21世紀のILOの目標として「ディーセント・ワーク」を掲げました。

 

またILOは、この言葉を掲げると同時に、その具体的な意味・考え方を下記の項目にまとめています。
(1) 公正なグローバル化
現在のグローバル化モデルは、人々が暮らす場所に十分な仕事を生み出していない。世界の成長を、特に若い男女に、より多くのディーセント・ワークの機会を提供するものに作りかえなければならない。
(2) 貧困削減
雇用創出と貧困削減は不可欠に結びついている。仕事は貧困脱却への道であり、ILO憲章にも「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である」と記されている。
(3) 保障
仕事のあるコミュニティは平和に暮らせるところである。このことは、地域社会、国、国をこえた地域、世界というすべてのレベルに当てはまる。
(4) 尊厳
労働は商品ではない。労働に対する費用は、人間の尊厳と家族の幸福の源となる仕事に対する対価を反映している。
(5) 多様性
政策は、それぞれの国に特有の必要性に応じて策定されなければならない。あらゆる状況に適合する万能薬は存在しない。

 

上記5つの項目は、「ディーセント・ワーク」という言葉の意味を世界中に向けて作られたものであるため、読み進めていくうちに、「ディーセント・ワーク」は国や地域、ひいては国境を越えて取り組む壮大なものというイメージを抱いてしまうかもしれません。しかし、実際の取り組み内容は「(5)多様性」にもある通り、それぞれの国や地域がその時々抱えている課題や状況次第で大きく変わってきます。
下記は、過去にオランダで高い失業率の改善や財政赤字を防ぐため、国全体で取り組まれた際の事例です。この取り組みもディーセント・ワークを実現する内容になっていますので、ご紹介いたします。


 

オランダモデル(ワークシェアリング)導入
オランダは、1980年代初め膨大な財政赤字と高失業率を抱えていました。
この状況から脱却すべく実施された取り組みが現在、オランダモデルと呼ばれております。これは、パートタイム社員がフルタイム社員と時間当たりの賃金や社会保険の差をなくすことで、家事や子育てをしながらお互いが働きに出やすい環境を全国的に整えた内容になります。
実際、フルタイムで働く社員が冷遇されてしまうような形になりましたが、一方で家庭と仕事を両立しながら働く人々が増えたため、新たな雇用・労働力創出の実現に成功し、経済状況の改善や失業率低下にもつながりました。

 

オランダはもともと、「家族を大事にする国民性をもった国」と言われているそうです。そういった風土も、この取り組みが国全体に浸透し、成功に導いた一つの要因になっていると思います。
上記からもわかるように、「ディーセント・ワーク」の実現は、国それぞれの文化や考え方、その時々の状況や課題が大きく関連しています。
では日本におけるディーセント・ワークの状況はどうでしょうか。以下、日本におけるディーセント・ワークについて、ご紹介いたします。


 

日本におけるディーセント・ワーク
日本のディーセント・ワークに対する課題や取り組みについては、2006年に発行されたILO広報誌「ワールド・オブ・ワーク」の中で厚生労働大臣柳澤伯夫氏からも、『日本が抱える大きな課題は、人口問題と労働力問題である』というような発表がされましたが、実際2005年以降、日本の総人口は減少に転じ、また2007年頃からは、団塊世代の方々が60歳代に達する事から、労働力の減少も危ぶまれ始めています。
直近の問題に焦点を当てると、円高に伴う不景気や株価低迷、デフレ等といった問題が目に浮かび、昨年から人員削減や就職・転職難も叫ばれているため、ついつい労働力不足というキーワードがピンとこない方も多いかと思います。
しかし、中長期的な視点からみると、日本の労働力不足は非常に深刻な問題であるといえます。

 

これから日本は徐々に高齢化、少子化が進みます。これは、日本が世界のどの国よりも一番早く経験する大きな課題です。それに加え、グローバル競争の激化はこれからどんどん厳しくなってきます。このまま資本主義の体制が進めば、今以上に限られた人員・コストでより高いアウトプットが求められます。そのような社会で求められる理想的な人材は、能力・知識共に高く、行動力があり、タフで、時間的な制約のない人材です。しかし、日本の将来は、少子化・高齢化に伴い、家庭との両立を考えながら仕事をしていく方々が、女性を中心に今後ますます増えていくでしょう。


 

最後に
このような普段より一歩引いた視点で先々を中長期的に見てみると、日本にとってディーセント・ワークと言う言葉が、実はとても大切な言葉であると感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
先ほど御紹介させていただきました厚生労働大臣柳澤伯夫氏のコメントと同じ広報誌で、株式会社東芝取締約会長 兼 社団法人日本経済団体連合会副会長の岡村正氏は、企業経営者という視点から以下のような非常に興味深いコメントを発表されております。以下、その文章を一部抜粋したものを掲載させていただきました。

 

「大方の予想よりも早く、わが国は少子化を主因として2005年から人口減少国となった。人材という資源以外にこれといった資源のない国として、人口の減少は、社会・経済に深刻な影響を及ぼすことが予想される。(省略) 労働力人口が減少していく中でイノベーションの推進に取り組むために、創造力豊かな人材が能力を十分に発揮し、組織全体の成果が向上するような働き方を構築していくことが不可欠である。」

 

上記コメントからも見受けられる通り、今後家庭環境や価値観が多様化する中で、いかにより多くの優秀な人材に対し働く機会を創出する事ができるかは、経済成長を加速化する上でも取り組むべき重要なポイントになってくるであろうという事が分かるかと思います。

 

これまで「ディーセント・ワーク」という言葉について解説してまいりましたが、ディーセント・ワークは単に雇用者のために生まれたスローガンではなく、今後、国や企業がよりよい成長を遂げるためにも大切な取り組みとなります。そして、これは単に国として取り組むべき問題だけではないことも事実です。この問題・取り組みの原点は、私たちの身近にある「働く事と生活する事」と密接な関わり合いを持っています。
まずは今働いている会社を見つめてみましょう。「会社にとって、働く社員にとってよりよい方法を考える」、これもディーセント・ワークへの取り組みの第1歩です。

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