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第30回2007/07/31
安倍総理大臣が施政方針演説で再チャレンジ支援策を掲げ注目を浴びた2007年通常国会は、労働契約法の新設やパートタイム労働法の改正など労働関連6法案が議論され、「労働国会」とも呼ばれております。その中でも労働基準法の改正案、特に労働時間規制の見直しが世間の耳目を集めました。最近、頻繁にメディアで「残業代ゼロ法案」と取り上げられご存知の方も多いかと思いますが、これは厚生労働省が今国会での成立を目指していた自律型労働時間制度法案、いわゆる日本版「ホワイトカラー・エグゼンプション」のことを指し、マスコミや労働組合はこれを「残業代ゼロの悪法案」、「過労死促進法」などと揶揄し各媒体を賑せていました。結局野党や労働組合の大反対もあり、今国会での法案提出は見送られることとなりましたが、この法案は近い将来に立法・施行される可能性が非常に高いと言われています。
もともとホワイトカラー・エグゼンプションはアメリカで導入された制度ですが、今なぜ日本でも導入が検討されているのでしょうか。そもそも日本の労働法においては、賃金(給与)やそれを決定する制度については、基本的に労使の交渉に委ねられているのに対して、労働時間についてはその基準やそれを決定する制度も法律によって規制されているのが現状です。つまり現在の労働法制では、労働時間については法律の骨格に沿って厳格に運用しなければならないため、より自律的な働き方を支援する政策の一つとして、労働時間法制自体を見直す動きが今まさにされているのです。
今回はこのホワイトカラー・エグゼンプションについて、日本版の概要、アメリカ版および諸外国の制度との比較を交えながら解説してきます。また、この制度についての肯定(賛成)派の意見、否定(反対)派の意見、現行の労働時間制度とその導入背景等も必要に応じて概説します。
※White-collar Exemptionは日本語でホワイトカラー・「イグゼンプション」とも表記されますが、本稿では「エグゼンプション」という表記で統一しております。
1.ホワイトカラー・エグゼンプションとは
■日本版ホワイトカラー・エグゼンプション
日本版ホワイトカラー・エグゼンプションとは、主に事務系職種に該当する労働者(いわゆるホワイトカラー労働者)に対して、年収や権限など一定の要件を満たす場合に「1日8時間・1週40時間」(労働基準法32条)の労働時間規制の適用を除外する制度のことをいい、自律的労働時間制度と呼ばれています。これは労働者自身がより自律的に働くことができるように支援し、時間ではなく成果に応じて報酬が支払われるようにすることで、個々人のモチベーションを上げ生産性の向上をめざすという目的で導入が検討されております。
まだ検討途中ではありますが、厚生労働省案で対象となるのは以下のような労働者を想定しています。
(1.)労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること ※「企画、立案、研究、調査、分析」の5業務に限定しています(2.)業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者であること(3.)業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者であること(4.)年収が相当程度高い者であること ※年収900万円以上が目安とされています
上記のいずれにも該当する労働者で、本人の同意と労使委員会による決議を経た場合に、現行の1日8時間・1週40時間という法定労働時間制度が適用除外になり、それに伴い割増賃金(現行法上は25%以上)の支払いも適用が除外されます。一方で、休日出勤は原則不可となり、現在の法定休日は1週1日以上ですが、この制度が適用される労働者に対しては4週4日以上かつ一年間を通じて週休2日分の日数(104日)以上の休日を確実に確保できるようにしなければなりません。また、月80時間程度を超えた対象労働者から申し出があった場合には、医師による面接指導を行うことが、これまでの努力義務から義務規定となり、労働者の健康確保のための措置も強化されています。
上記に見たように、ホワイトカラー・エグゼンプションはこれまでの日本の労働時間制度とは一線を画した制度ということができます。
2.諸外国での労働時間除外制度
日本のホワイトカラー・エグゼンプションについては前述しましたが、諸外国ではどのような制度をとっているのでしょうか。まずは日本版ホワイトカラー・エグゼンプションのモデルとなった米国の制度について触れ、その後、特に米国の労働時間法制とは大きな差があるといわれる欧州各国のエグゼンプションについて、国ごとに概説します。
■米国のホワイトカラー・エグゼンプション日本で検討されているホワイトカラー・エグゼンプションは、もともと米国で導入された制度です。米国の労働時間法制の基本は公正労働基準法(Fair Labor Standard Act)で定められており、それによると1週40時間を超えて労働させる場合は50%の割増賃金を支払うことが義務づけられています。米国のホワイトカラー・エグゼンプションは労働省の労働長官が作成する規則(ホワイトカラー・エグゼンプト(免除)規定項目)に基づいて、適用される労働者の基準が決まる仕組みになっており、その中で一定の俸給(賃金)や職務の要件を満たす労働者がエグゼンプションの対象になり、その対象となった労働者への最低賃金及び割増賃金の規定の適用が除外されます。つまり日本版ホワイトカラー・エグゼンプションの場合は1日8時間・1週40時間という労働時間規制が適用除外となるのに対して、米国の制度はあくまで割増賃金支払義務の適用除外に過ぎないのです。
そもそも米国の労働時間法制と日本の労働時間法制とで大きく異なる点は、米国ではあくまで1週40時間を超えて労働させる場合の割増賃金の支払い義務が規定されているだけで、日本のように法律で上限の労働時間(法定労働時間)が定められているわけではないという点です。つまり米国では、日本のように長時間労働を避けることで健康へ配慮するといったような視点からの労働時間規制がなされていないので、日米の労働時間法制の概念は大元から異なるということができます。
■欧州各国の労働時間制度
ドイツドイツでは法律に定められた管理的職員(事業組織法5条3項)を労働時間規制の適用除外対象としています。この管理的職員とは管理職であり、労働者の解雇採用権を持っている者と定義されています。
フランスフランスの労働時間規制の適用除外対象は経営幹部職員(労働法典L.212-15-1等)など、管理職に限定されています。例えば経営幹部職員に該当する場合、労働法典上の労働時間規制の適用を受けないことになりますが、年次有給休暇に関する規定は適用されます。その他幹部職員の場合には、労働時間や日数を法律で制限しています。
イギリス労働時間の長さが測定されていない又は予め決定されていない若しくは労働者自身が決定できるなどの場合に、労働時間規制(深夜労働規定も含む)の適用が除外されます(労働時間規則20条1項ないし2項)。前記労働者の例としては、幹部管理職(managing executive)などが想定されています。
上記のように米国を除く諸外国のエグゼンプション制度は、日本の現行法上でいう管理監督者の除外規定と適用要件が似ているものが多くなっています。これは裁量労働制よりは緩い要件ではあるものの、日本版ホワイトカラー・エグゼンプションの法案内容と比べると適用除外要件および対象ともにかなり厳しい制度となっているものが多いと言えます。
3.現行の労働時間制度との違い
現行の労働時間に関する法制度でも、フレックスタイム制(労基法32条の3)や裁量労働制(同法38条の3・38条の4)などが、自律的な働き方を支援するための労働時間制度として存在します。そこで、ホワイトカラー・エグゼンプションではなく従来の裁量労働制で十分に自律的な働き方の推進に対応が可能だ、という声も多く聞くことが出来ます。しかし、裁量労働制はあくまでも「労働時間のみなし制」、つまり実際の労働時間の多寡にかかわらず、当初に労使で決めていたみなし労働時間を労働したとみなされる制度であり、労働時間規制そのものの適用除外ではありません。また、裁量労働制の場合、導入する際には厳しい導入要件があるためあまり広く利用されておりませんが、ホワイトカラー・エグゼンプションは、現行法でいう「管理監督者」(労基法41条2号)のように、労働時間規制そのものの適用が除外される制度で、管理監督者に該当しなくとも一定の要件を満たす労働者やこれまで管理職という名目(例えば「課長」というタイトル)だけで労基法上の管理監督者扱いをされてきた労働者にも適用されることになります。つまり、裁量労働制のように対象業務の限定や厳格な導入要件もなく(但し、労使委員会の決議と本人同意は必要)、管理監督者の対象になる手前の労働者にも労働時間規制の適用を除外できる制度ですので、裁量労働制などこれまでの労働時間制度とは大きく異なるものということができます。
4.ホワイトカラー・エグゼンプション導入への賛否
■肯定(賛成)派の意見ホワイトカラー・エグゼンプションは、もともと日本経団連がホワイトカラー労働者はその働き方に裁量性が高く、労働時間の長さと成果が必ずしも比例しないので、労働時間に対して賃金を支払うのではなく、成果に対して賃金を支払う仕組みが必要という考えの下で提言したものです。賛成派の意見で特に強調されているのは、ホワイトカラー・エグゼンプションはグローバル化が進む経済環境において「国際競争力の向上に不可避」な制度という点です。つまり賛成派の大半を占めているのは経営者(使用者側)で、人件費の抑制と労働生産性の向上の両面といった経営側面からの考え方が中心です。なお、その主張の根拠となっているのは、日本の人件費がドルベースで世界一高く、一方で労働生産性が先進7カ国中最下位である点です。
■否定(反対)派の意見一方で、反対派の意見としては変形労働時間制、フレックスタイム制、裁量労働制がすでに存在するので、現行制度で十分に自律的な働き方を支援することができるという声が大半を占めています。また、「際限ない長時間労働」を助長し、より過労死などの社会問題をはらんでいる制度といったような意見も多く聞かれます。反対派の大半は労働者(労働組合)で、現在も既にサービス残業という準エグゼンプトだという声が多く聞かれます。代表的な例としては、前にも触れた「課長」というタイトルがつけられているだけで、実質的には管理監督者では無い労働者が、労働時間規制を除外(労基法41条2号)されていることなどがあげられます。つまり、まずは現行法上の制度で適法な状態にしない限り、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入はありえないというのが反対派の主張です。
このように賛成派、反対派の主張は、そのまま使用者・労働者の対立的主張とも言う事ができ、互いの主張がその立場を鮮明に表しています。
5.労働時間法制、人材活用のために・・・
もともとこの制度の趣旨は、「一律に時間で成果を評価するのが適当でない労働者の勤務時間を自由にして、有能な人材の能力・時間の有効活用を図る」というものであり、冒頭で触れたような「残業代ゼロ」といった人件費抑制を目的とした制度ではありません。しかし、ある経済団体の提案では対象となる労働者の年収を400万円以上と求めるなど、人件費抑制ととられても仕方がないような内容であり、それが議論を呼び法案提出が見送られる事態となりました。今後あらためてこの法案の成立を目指す為には、当初の目的を明確に示し、あくまで「労働者が自立的に働くことが出来るように支援することで労働生産性の向上を目指す」ことを本旨として労使が協調することが重要となります。これができない限り、法案成立だけでなく本来の目的達成もできないことになります。
有能な人材に今以上に活躍してもらう為には、より良い環境を整備する必要があります。とは言うものの、それは決して一方的に労働者を守ることではありません。労使双方が「対等である」という大原則に立ち返り、それぞれが協同して企業を成長・発展させていくという想いをもつことが大切なことなのです。
<参照文献>島田陽一「ホワイトカラー・エグゼンプションについて考える― 米国の労働時間法制の理念と現実 ―」(ビジネス・レーバー・トレンド研究会 2005年11月25日報告 労働政策研究・研修機構) 山川隆一、荒木尚志他「諸外国のホワイトカラー労働者に係る労働時間法制に関する調査研究」(2005年3月 労働政策研究・研修機構)
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