【弁理士が語る知財のあれこれ:第2回】特許事務所で働くってどんな感じ?
特許事務所の弁理士によるコラム連載、2回目は初登場の高橋弁理士です!
リーガル・ネットをご覧のみなさん、はじめまして、ソナーレ特許事務所の高橋政治と申します。本連載の第一回(https://www.jmsc.co.jp/knowhow/topics/8064.html)に執筆頂いた右田弁理士と同じ事務所に所属しております。知財業界に興味のある方々に向けて今後定期的に知財コラムを寄稿させていただくことになりました。よろしくお願いします。
弁理士登録直後に独立開業。高橋弁理士の今日に至るまで。
初めに、自己紹介をさせていただきます。私は大学卒業後、企業にて技術開発等に従事した後、特許事務所に転職しました。そして、特許実務を勉強しつつ、弁理士試験のための勉強も進め、5年後の2008年にやっと弁理士試験に合格しました。2009年3月31日に勤務していた特許事務所を退職し、弁理士登録することができる最初の日である4月1日の午前中に弁理士登録し、その日の午後に区役所に開業届を出し、独立開業しました。
ここまではスムーズに事が運んでいたのですが、ここからがうまく進みませんでした。独立開業すること自体は簡単だったのですが、リーマンショック後の不景気な世の中で、思うようにクライアントを獲得できません。コネもないのに勢いだけで独立開業するものではありませんね。しばらくは妻に食わしてもらうヒモ生活をしていました。また、仕事がなく、あまりにも暇だったので本を書いていました。その時に書いた本:「技術者・研究者のための特許の知識と実務(秀和システム)」は、お陰様でいまだに結構売れており、Amazonの特許部門の売行きランキングでも割と上位に食い込んでいます。
その後に書いた「進歩性欠如の拒絶理由通知への対応ノウハウ(経済産業調査会)」との2冊のAmazon売行きランキングを日々チェックして、上がったり下がったりするのを見て一喜一憂するのが、今の私の趣味です。なお、現在は(とっくの昔にヒモ生活も終わり)、多くのクライアントに恵まれ、種々の仕事を依頼頂き、忙しい日々を送っています。
特許事務所で働くってこんな感じ
自己紹介はこれくらいにして、以下に本題の「特許事務所での仕事はどんなものか」について書いてみたいと思います。以下では「特許技術者Aくん」を掲げ、Aくんの日常がどんな感じかを書いてみます。なお、Aくんは私ではないですし、私以外の特定の個人でもありません。内容はフィクションですが、特許事務所で働いたことがない方が特許事務所での仕事内容を少しでもイメージできるように書いたつもりです。
入所3年目、特許技術者A君のある日
Aくんは35歳。某メーカーから特許事務所に転職して3年が経過しようとしている。転職した直後は実務が分からず、先輩から厳しい指導を頂くことで、何とかクライアントに納得して頂けるレベルの明細書、意見書を作成していた。その後、明細書作成や拒絶理由通知対応に関する書籍はほとんど全て購入し、繰り返し読み込み、さらに先輩が書いた明細書、意見書等を集めて分析、研究する等して、自分なりに努力した。その甲斐もあってか、最近では何とか自力でクライアントにも認めて頂けるレベルの仕事ができるようになってきた。
しかし、クライアントへ原稿を提出する前に先輩弁理士にチェックしてもらうと鋭い指摘をされることもあり、自分自身、まだまだ勉強不足だと落ち込むことも多い。この仕事は3年程度で一人前にならなければいけないと言われているので焦りもある。
先輩弁理士にチェックしてもらうと、誤字・脱字が見つかる場合もある。誤字・脱字は特許権の範囲に悪影響を及ぼす場合があり、特に請求項に誤字・脱字があると発明の範囲が変わってしまったり、限定されてしまったりする可能性もあるため、全くないことが前提となる。1つの明細書は2万字から長ければ4万字程度になるため、1つも誤字・脱字がないようにすることは難しいことではあるが、それをできないと言っては、この仕事はやれない。
Aくんは自分自身、割と几帳面な性格であるとは思っているが、それでもこの業界の中では普通程度の几帳面さしか持ち合わせていない。知財業界では超几帳面、超細かい人が多い。
今日は朝から外国特許の出願明細書のチェックをしている。
日本企業のクライアントが、1年ほど前、日本へ特許出願した案件について、米国でも特許を取る意向であるため、日本語明細書を英訳したものの内容をチェックしているのだ。
Aくんが所属している特許事務所には英訳専門スタッフがいないため、英訳を特許専門の翻訳者へ外注している。専門家ではあるが日本語明細書の内容を完全に理解できているわけではないため、英訳する際に修飾語の係り方が間違っているようなケースがある。そこでAくんのような発明の技術内容を理解できる者が日本語明細書と英訳明細書を見比べながら、英訳が正しいかチェックを入れる。なお、Aくんのような特許技術者や弁理士が英訳するケースもマレにはあるようだ。
Aくんが外国特許に関する仕事にも携われるようになってきたのは最近だ。
Aくんが所属している特許事務所は10数名の小~中規模の特許事務所であるため、明細書の作成、拒絶理由通知への対応、外国特許というように広い範囲の仕事にたずさわることができることがメリットだ。100名規模の大規模な特許事務所もあるが、役割が細分化され、明細書を書く人、拒絶理由通知への対応を行う人、外国特許を担当する人、のように担当が分かれている場合が多い。また、明細書を書く人の中でも、さらに細分化され、同じクライアントの同じような発明の明細書をひたすら書くというケースもあるらしい。もちろん、仕事が細分化されれば効率が上がり特許事務所全体として利益が上がるのであろうが、Aくんはそれを望んでいない。できるだけ広い範囲の仕事に携わることで特許実務全体を身につけたいと思っている。
弁理士になり経験をつめば、さらに審判、異議申立、訴訟、鑑定などの高度な仕事に携わるチャンスをもらえるかもしれない。
明日はAくんを評価してくださっているクライアントとの新規特許出願の打合せがある。
外国特許の仕事はなんとか午前中に終わらせ、午後はその準備として、発明者が作成した発明提案書と先行技術文献を読み込み、請求項の素案を作成してレポートにまとめたうえで、明日の打合せに臨まなければならない。
今回の発明の担当者として、クライアントはAくんを指定してくれたのだから、クライアントの期待に応えられるよう、張り切って準備したい。この仕事は個人の能力が結果に反映されやすいため、いい仕事をしていい結果を出せばクライアントに喜んでもらえ、私という個人を評価してもらえて、次の仕事も自分を指定して依頼してくれる。これがこの仕事の楽しい面、やりがいを感じられる面だ。
以前、勤務していたメーカーでは、大きな仕事のごく一部を自分が担当しており、クライアントからすれば私という個人が見えるはずがなかったが、特許事務所での仕事はその点が違う。ただし、これは楽しい面であると同時に、逆に恐ろしい面でもある。つまり、自分が行った仕事についてクライアントの評価が悪ければ、クライアントは次の仕事は他の人を指定して依頼する。最悪の場合は、名指しで批判され、二度と仕事を依頼しない。複数のクライアントに同様なご批判を頂くようなことになれば、特許事務所の所長も見逃せなくなる。
実際、ある年配の特許技術者の方は、仕事内容が悪かったためクライアントが怒り、自社の仕事は二度と担当させないように所長にクレームを入れた。結果的に、その年配の特許技術者の方は特許事務所を退職した。上記の例は特許技術者であったが、弁理士であっても同様のことは起こる。弁理士であれば安泰ということは全くない。
Aくんは弁理士試験の勉強のため、今日は夜7時に予備校にいかなければならない。
3年前に転職してから今までは実務を覚えることを優先していたため、弁理士試験に力が入らなかった。今年は絶対に1次試験を通過して、あと3年以内に最終合格することを目標にしている。
最近はひと昔前と比較すれば合格しやすくなっているため、Aくんも何とか合格したいと思っている。また、国が政策として弁理士を増やそうとしたため、ここ数年の間に弁理士は急増した。そのため弁理士資格を持つことはゴールではなく、スタート地点に立つための切符でしかなくなった。
とは言ってもスタート地点に立つことは重要であるため、Aくんは弁理士の資格は絶対に取得するつもりだ。
(つづく(かもしれません))
前回の記事は、こちら!→【【弁理士が語る知財のあれこれ:第1回】弁理士の置かれる現状とこれから】
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