「内定を出すべき人材とは?」

第77回2011/06/14

「内定を出すべき人材とは?」


「内定を出すべき人材とは?」

厚生労働省による「平成22年版 労働経済の分析」によれば、リーマンショックを契機に、高景気時の有効求人数が有効求職者数を上回る状況から逆転し、2010年始めの段階で求人数に対し求職者数が150万人程度上回る状況になっています。数だけで判断すると、採用側が人材を探す上で有利と言える状況が続いていると言えますが、実際の採用現場ではなかなか内定が出せずにいたり、内定を出しても辞退されて採用に至らなかったりと、人材を採用しやすくなったという実感はそれほど得られていない印象のようです。
なぜ、そのような印象になってしまっているかというと、それは採用の際に重視するポイントが変わってきていることに起因しているようです。高景気の際はとかく人が足りないという状況にあるため、数が重視され「人集め」が一番の課題となり、どちらかというと人材の質は二の次にされる傾向がありました。しかし、現在のような景気後退期には、自社の現状を打開出来るような(またそのポテンシャルを持った)優秀な人材のみに絞って採用を行う傾向に変わってきています。そのため、いくら人材の母数が増えても自社のニーズに合った人材はごくわずかであり、採用自体は楽になっていないという印象となるわけです。
求職者数が増加し、比較的母集団形成が容易になってきた現在、採用活動で重要な点は、「自社で本当に必要とされる条件を絞り込むこと」と、「マッチした人材に対し的確且つタイムリーに内定を出すこと」となりますが、いったいどういう人材に内定を出せばよいのでしょうか?
それを理解するには、まず求職者が転職を考える理由を知る必要があります。求職者が転職を考えるきっかけは様々ですが、大きく分けて下記の3つの要因に大別されます。


(1) 業務内容に関する不満
希望している業務から他の業務への異動を命じられた、何年も同じ業務ばかりでキャリアに広がりがない、異なる分野の業務に興味を持っている、スペシャリスト志向があるが現在の業務ではその実現が難しい、など
(2) 報酬に関する不満
自らの仕事に対して給与に物足りなさを感じる、家族構成が変わり年収を上げざるを得ない状態にある、経営上の理由により給与や賞与がカットされた、など
(3) 就業環境に対する不満
時間外の勤務(残業)が多い、オフィス施設が充実していない、通勤が不便、人間関係が劣悪、など


今回のコラムでは、内定を出すべき人材について、より精度が高い人材に内定を出すためのポイントを中心に、条件に合った人材を採用に結びつけるポイント等について、上記3つの項目ごとに解説していきたいと思います。


(1)業務内容のマッチング
就いている職種ごとに転職時に求めるポイントは様々ですが、特に管理系専門職(経理、人事、法務、特に公認会計士、税理士、弁護士など)の人材は概してスペシャリスト志向の人材が多く、営業など他の職種の採用に比べると、その業務の内容にこだわりを求めることが多い傾向にあります。
多くの採用担当者の方々は人事の業務についてはご存知かとは思いますが、なかなか業務として携わることのない経理・財務・税務、経営企画・事業企画、法務の部門が実際にどういった仕事をしており、且つどういった点に面白みを感じているか、また逆にどうした点に不満をかかえているか、把握しておられる方は意外と少ないのではないでしょうか。
例えば、経理・財務・税務という職種において、採用現場から「税務申告書作成」を業務内容に含むと聞く際に大体の場合は下記を意味します。


・法人税、消費税、事業税等の税務申告書作成業務


しかしこれが連結子会社を多数抱えるような会社であれば「連結納税」や、子会社間での合併・分割に際しての「企業組織再編税制」等の高度な税務スキルを要する課題が多く発生しますし、海外取引が多く発生するような会社であれば「移転価格税制」などの課題が発生することもあります。
こうした特殊な税務課題は、外部の税理士にアウトソースするケースが多いと言えますが、もしこれを自社で行っているような場合、または行おうとしている場合などは、企業内税理士を目指す税理士にとっては非常に魅力的に映る可能性があります。
これを、例えば求人掲載等を行う際に「税務申告書作成」のみで片づけてしまうのは、優秀な応募者の関心を引くという観点からすると(会社的にどこまで開示してよいかというのもありますが)あまりに勿体ないことであると言えるでしょう。また反対にHP上の情報等から、上記業務を期待して応募をしてきたが実際は社内では処理をしていない、ということになれば、そこに応募者側とのミスマッチが生じる可能性があります。これは採用部門サイドにどれだけ深くヒアリングが出来るかで改善できる点であり、母集団の中に「採用に至る人材」をどれだけ多く確保できるか、という人材の質の向上につながってくると言えるでしょう。


一方で応募者サイドのマインドの理解についても重要です。
例えば上記のような高度な税務案件が多く発生するため税務に強い人材が必要となり、税理士の採用を検討しているとします。この手の分野であれば、特に中堅~大手税理士法人の出身者が経験していることが多く、採用のターゲットになり得ますが、応募者側のマインドとしては「税務面でのキャリアは十分に積んだため、今後は会計面でのキャリアを目指したい」といったケースもあるため、経験業務だけにフォーカスを当てるとミスマッチが生じることも有り得ます。このような場合は、自社で求めているものと本人の志向とが合致しているか、あらかじめヒアリング出来れば、より精度の高い人材との面接に繋がります。
多少細かいと言えますが、特にプロフェショナルの採用の場合、この辺りの感覚まで把握しておけると、どういった経験があり、どういった志向を持った人材に内定を出すべきか、判断しやすくなりますし、また何より入社前後のギャップの回避・早期退職の回避につながります。あらかじめ現場からその職種特有の面白みをヒアリングしておき、それを自社ホームページ、求人媒体、人材紹介会社を通じて発信することで、母数の集まり具合、候補者側の仕事に対する理解度、また志向が合致しない応募者の排除など、あらゆる面で効率の向上を図れると言えるでしょう。


(2)報酬面におけるマッチング
採用側が内定を出した場合でも、本人に事前に確認した「希望年収」通りの報酬額を提示出来ていても何故か内定受諾に至らない、選考途中では第一希望と聞いていたにも関わらず給与金額提示をしたとたん応募者がトーンダウンしてしまうなど、採用における報酬のマッチングは、採用側・応募者側双方にとって非常にデリケートなトピックでしょう。
金額面については「選考をされている」という感覚から応募者側も言い出しにくく、採用側としてもなかなか本音を引き出しにくいというのが実情です。


ミスマッチが生じる一例として、「希望年収」という言葉の定義が、人によって異なることが挙げられます。例えば、ある応募者の希望年収が「400万円」とある場合、それが意味するものはいくつか考えられます。


・初年度の希望年収総額が400万円なのか、理論年収で(つまり初年度年収は満たないことを想定している)400万円なのか
・固定額(月額固定給与、固定賞与)のみで400万円なのか、時間外など各種手当を含めて400万円なのか
・月額給与がいくらでの400万円なのか、あるいは年俸制12分割で400万円なのか
・そもそもその400万円は妥協しての額なのか、十分満足感がある400万円なのか 等


もし年俸制の12分割の提示を現職(前職)で受けている応募者であれば、賞与という概念にあまりなじみがなかったりする場合があります。その場合に、月給制で賞与を提示する企業の場合、同じ希望400万円という場合でも、総年収において賞与分が生じてしまうため、月額給与が前職給与よりもダウン、また賞与の算定期間の関係上、その賞与も初年度は満額支給されず、当初応募者側がイメージしていた年収と乖離が出てきます。特に既婚者においては、家族(配偶者)の意向などもあるため、より注意深く把握しておくことが必要となってきます。また30~40代であれば住宅ローンを組んでいる率が高くなるなど、世代ごとにもキーとなる事項が異なってくる傾向があります。


また、求める人材の「市場価値」と「自社における給与体系」を照らし合わせて採用活動を行うことも有効です。例えば、市場価値が「500万円」前後の人材において、自社における給与体系では「400万円」程度しか提示できないとすると、仮に選考を繰り返したとしても、なかなか採用に至らず、時間のみを浪費することになってしまいます。その場合、報酬面を上げるのか、採用のスペックを下げるのか、もしくは長期化することを覚悟し妥協せずにこだわって探し続けるのか、必要に応じて現場との採用要件の見直し・すり合わせ、検討人材の拡大、その採用にどの程度の時間的猶予があるのかなど把握することが重要です。


報酬面でのマッチングは事前に採用側がひと手間かけるだけで、その多くのミスマッチを回避できるため、選考前、もしくは選考途中で随時、調整して進めることが重要です。一見、細かすぎるとも思えますが、社内のあらゆる人間を巻き込んで内定を出した挙句に辞退される、といった、もともと最初の段階で進める必要もなかった無駄な選考を省き、年収面がマッチした内定を出すべき人材を見極めるためにも報酬面の確認は行っておくに越したことはないでしょう。


(3)就業環境に関するマッチング
就業環境の不満、たとえば勤務地や人間関係などの不満をきっかけに転職活動を始めるケースも多々見受けられますが、特に多く挙げられるものとして勤務時間、いわゆる「時間外勤務」のボリュームが挙げられます。
時間外業務はその職種・業種、またその会社の風土等により様々ですが、人によっては月に何十時間、忙しい時期となれば月100時間を超えるような残業をしているケースもあり、これを緩和させたいと考え、転職を考える転職希望者は多くみられます。
緩和させたいと考える理由は様々ですが、例えば下記のようなことがよく聞かれます。


・体力的に、あるいはメンタル的に負担がかかっているので、残業時間を減らしたい
・資格取得を目指しており、試験勉強に充てられる時間を取りたい
・子供を迎えに行かなければならないので、夕方○時までに確実に帰りたい
・家族が体調崩したことで、看病の時間を取らなくてはならない  等々


理由も様々ですが、どの程度の時間が許容範囲でどの程度までいくと難しいのかは、人それぞれ異なります。
例えば、残業量に関しての質問を応募者から受け、これに対して、社内で月平均の残業時間を算出している場合、例えば「月45時間程度」という回答をするとします。ただ「月45時間程度」というのもあくまで平均値なので、実質は様々であり、例えば、下記のようなケースが想定されます。


・全く波がなく、同じペースで毎月45時間が年中続くのか
・通常期は月10~20時間程度であり、繁忙期は月60時間を超えることがあり、平均45時間なのか


「月45時間の残業」と聞く時、実質が前者の場合、年間通して忙しい事に慣れている人にとっては、大きなギャップはないと言えますが、実質が後者の場合、「繁忙期は割り切って残業をするつもりだが、それ以外の時期はあまり残業せずに帰りたい」という人にすると、通常時期も忙しい印象を持たれてしまう可能性もあります。その残業時間そのものもそうですが、より具体的に、通常期の残業量、繁忙期の残業量、繁忙期はどの程度続くのか、忙しいのは1週間続けてなのか、週に1~2回程度なのかなど、週単位、月単位、年単位のイメージを提供することで、認識のギャップを埋めることになりますし、ないしはそれが事前にミスマッチを防げる一助となり得ます。


一方で残業は前職でもかなりしていて、それ自体は全く問題ないといって入社したものの、何故かそれに対して不満を覚える人もいます。そうした場合、残業が多いのは問題なく、その内容に原因があることが多い傾向にあります。例えば、自らのスキルアップにつながるような意味のある時間なら問題ないのですが、全くそれにはつながらない雑務・残務処理、また業務非効率が原因となる残業、上司の付き合いで仕事以外での拘束など、生産性のある仕事でないことが不満の種となることがあり、最悪のケースではそれが退職に至るケースもあります。


これらを防ぐには、応募者サイドに、時間外労働に関するとらえ方、また以前の職場でのボリューム、また多かった場合、その理由、許容量など、出来るだけ事前にヒアリングをしておくと良いでしょう。可能な範囲で聞くことで、その内容によっては、単にボリュームが多いのか、全く逆にその人の能力によるものなのかなど、スキルを図る指標ともなります。一方で、採用ニーズのある部門のワークスタイルにおいて、例えば、職位、ポジションによってそのボリュームが異なってくるのか、全体的にそうなのか、残業することを良しとする社風なのか、早く仕事を終わらせて帰ることが推奨されているのか、早く帰っているが、結局仕事が多いので、持ち帰って仕事をしているのかなど、よりその風土にあった人材を採用するための情報を仕入れておくことが重要です。
この点についても、事前の情報が多ければ多い程、内定を出すべき人材を見極めやすくなるでしょう。


まとめ
今回のコラムでは、内定を出すべき人材に、より効率的に内定を出すための「マッチングのポイント」をいくつか挙げました。その時々に的確な情報をタイムリーに収集・提供することは、内定を出したいと思える人材を効率的に発掘・確保することにつながりますし、また内定時のマッチングのずれを回避することにもつながります。
もし採用募集をかけても「内定を出せる人材が応募してこない」や「選考途中に辞退されることが多い」、「内定は出すもののなかなか受諾につながらない」など、自社の採用活動においてうまくいっていないケースがあれば、各選考のフェーズ毎で、求職者側とのコミュニケーションを深く取ることで回避はしやすくなります。自社での対応が難しければ、専門の仲介者である人事コンサルティング会社や人材紹介会社などを活用してもよいでしょう。現在のような市況だからこそ、ハイパフォーマーもしくはそのポテンシャルを秘めた人材の採用はどの企業に取っても大きな課題です。
自社にとって良い採用といえる人材に対し、ベストなタイミング&ベストな条件で内定を出すためにも、本コラムの内容が一助となれば幸いです。

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